化学農薬が使われる、いわゆる近代農業になる以前、今から70年くらい前まではコットンは全てオーガニックでした。そして近代農業の弊害が自然環境破壊と人間を含めてあらゆる動植物への重大な被害があることがはっきりしました。そして元に戻ろうと言う運動が細々とではありましたが始まりました。

1980年末の頃のことです。オランダ、イギリス、フランス、デンマークの食品輸入の協同組合GFF(Good Food Foundation)がトルコでヨーロッパ向けに無農薬の有機栽培の作物の生産を始めました。このとき輪作の作物として綿花が取り入れられました。畑のローテーション(作物の入れ替え)の時に綿を栽培すると次に栽培する作物が良く育ちました。綿は安く利益を生む作物ではありませんので、あくまでも食用作物の脇役的存在でした。オランダのボウ・ウィーブル社がこのトルコの畑で出来たオーガニックコットンを衣料品中心に製品化を始めました。

「環境に優しいファッション」という新しい価値観が出来た瞬間です。

やがてスウエーデンの企業バーナーフランジ社がペルーで、カラーコットンも含めて栽培を始めました。スイスのリーメイ社はインドで零細農家を組織してオーガニックコットンの栽培を始めました。そしてリーメイ社はこの綿を製品化し、スイスの生協組織COOPに繋げました。スイスCOOPは、1993年からオーガニックコットン製品を扱い始め、4年後の1997年には100万点のオーガニックコットン製品を売り上げるまでになってゆきました。

アメリカではカリフォルニアで1980年初め頃から有機栽培の作物が作られ、綿花は輪作の作物として栽培されていました。

有機食品への関心の高まりは、日用生活雑貨の分野にも広がり、タオル、寝具類などオーガニックコットン製品が次々と開発されました。エコロジー・ヘルシー専門のスーパーマーケット、ホールウィートやミセスグッチなどの店頭に並ぶようになりました。やがてファッションの分野にも広がり始めました。

オーガニックの認証は民間の機関が行うことが主流でしたが、例外的に1980年の末にテキサス農務局TDAはオーガニックコットンの認証を始めました。

アメリカでは生まれつき色のある綿の開発が進み、オーガニック認証も取れるようになりました。綿の原種の茶色の生産がまず商業的な軌道に乗り、続いて緑色の綿も生産されるようになりました。

アメリカではグリーンコットンと言えば、この本当に緑色の綿のことを示しています。これに対して、ヨーロッパではエコロジーに配慮のある製品と言うのが常識です。

オランダのノボテックス社が一般のコットンを漂白や染色などの化学処理をせずに仕上げた製品に「GREEN COTTON」というブランド名を付けて営業展開したのでした。

有名なデザイナー、キャサリンハムネットは、オーガニックコットンの理解者で積極的に自身のファッションラインに加えました。

エスプリは「エコレクション」と銘打って果敢に売り場展開しました。パタゴニアは綿製品の原料を全てオーガニックに変えると発表しました。リーバイスもナイキもエコロジーの商品ラインにはオーガニックコットンを加えるようになりました。1990年代は、欧米を中心にエコロジーという新しい価値観のオーガニックコットン商品が散発的ではありましたが出始めた黎明期ということが出来ます。
日本に紹介されるちょっと前のお話です。

日本オーガニックコットン流通機構 理事長 宮嵜 道男