「バッキー」とは、アメリカの思想家リチャード・バックミンスター・フラーの愛称です。「宇宙船地球号」という言葉で、人類がどのように生きたらよいかという壮大な思想を展開した人です。

 生まれたのは1895年、明治28年、日清講和条約が結ばれた年です。生きていれば119歳ということになります。1983年に88歳の生涯を全うしました。

 

思想家、デザイナー、建築家、発明家、詩人と八面六臂の活躍で、カナダの文明批評家マーシャル・マクルーハン(1911年生まれ)は、バッキーさんを「現代のレオナルド・ダビンチ」と評しました。

 

 1969年「宇宙船地球号操縦マニュアル(Operating Manual for Spaceship Earth)」を出版して、話題になり、ノーベル平和賞の候補に挙げられました。

バッキーさんの功績は、多くの人々に本当の地球の価値を理解させ、地球環境保全の問題意識を植え付けたことです。

 

後にイギリスの環境思想家ジェームズ・ラブロック(1919年生まれ)のガイア思想に発展しました。

亡くなる1983年、88歳の時に来日し、語り、多くの科学者、研究者、思想家たちを唸らせました。

バッキーさんは、小柄ですが、がっしりした体格で一旦話し出すと、次から次へと話題が噴き出て、「有頂天で放出する消火器」とあだ名されていました。

大学の建築学科の主催の講演会では、夜の7時から翌朝9時まで連続14時間の講義をしたことがあります。600人の聴衆は、とうとう最後12人になり、そこで話を最後まで本気で聞くかどうかを確認してから、最も重要な根本思想を語り始めたそうです。

「宇宙船地球号」とは、地球は果てしない宇宙を往く宇宙船で、私たちは運命を共にする乗組員ということで、「操縦するための取り扱い説明書」を持たなくてはならないという意味が込められています。

 

と云ってもそれまでの西欧的な大自然を支配する、コントロールするという思想ではなく、地球・自然の法則に人間がどれだけ馴染んで、幸福を実現できるかという思想で、ある意味東洋的な「自然とどう共生するか」に近いようです。

「冨」という概念も一般的なものと異なり、先程の14時間連続講義の際に、生きるうえで金銭に執着する必要がないという話のところで、学生たちに空の財布を見せたため、講義の後に学生たちがバッキー先生に朝食を奢ったそうです。

 いつまでも子供のような無垢な人物で、本当に愛すべきバッキーさんです。

 地球という装置への信頼は絶大で、人間の小賢しい科学的常識に対して真っ向から議論を吹っ掛けたので、奇人扱いされていました。

 若いころ海軍にいて、軍艦のスクリューが掻き出す無数の泡を見ていて「いったい、あの泡は幾つあるのか」と頭の中で計算していたそうです。その後、泡は球体であることに考えが移り、球体、円形の認識に欠かせないπ(円周率)を疑い始めました。円周率は、決して割り切れない、それはオカシイとなりました。この宇宙の存在の法則に割り切れないものがある筈がないと確信していました。

 確かに変わった人だったのです。

 若い学生や研究者たちにはいつも、学問を頭から信じてはいけない、常識を疑うことを教えていました。

水が作る泡が球形であり、宇宙に存在する基本的な形が球体であることから、球体のドーム状の建築構造物を着想しました。

 富士山の頂上にあった球体のレーダーの建物もバッキーさんのドームでした。

 Do more with less」がモットーで、「最少の物で最大の効果を上げる」というアイディアです。

 ドーム状の建築物はその典型例でした。柱もなく、最少の建築構造材で、簡単な構造なのに、強風にも地震にも耐え、大空間が得られるという訳です。(シナジェティック・ドーム)

 バッキーさんの視線は、世界の隅々の人々に注がれ、富んだ国と貧しい国が、一様になれば、恒久的に平和な地球になると信じ、無駄な材料を積み上げる従来の建築物を痛烈に批判しました。

 雨、風を凌ぐためにどうしてこんな堅牢な構造物を積み上げなくてはならないのか、富の独占ではないか、建築の構造そのものの考え方が間違っているとしました。

 人口爆発で食糧難が起きるという人口論のマルサスや進化論、適者生存、弱肉強食のダーウィンの理論に真っ向から反対しました。

 地球は、すべての人類が困らずに生きてゆけるだけの十分な「物」を用意してくれているのに、強者が独占するから弱者の手もとは不足する、強者の無駄が貧困格差を作っていると社会批判をしています。

 その最たる無駄は、軍事費でしょう。

 2012年の地球上で費やされている軍事費の総額は173兆円で、この資金を、同時代を生きる貧困の人々の救済に使ったらどれだけいい地球になるだろうと  バッキーさんは考えていたのです。

 21世紀まで17年を残して1983年に亡くなりましたが、21世紀をどう見ていたのでしょうか?

 もしも「宇宙船地球号」が21世紀に生き残っていれば、きっと「人類は物質的、経済的に成功し、個人的には非常に深い意味で自由になるだろう」と著書に書いています。

 どうでしょうか、予測は当たっていたでしょうか?

 残念ながら21世紀になっても人類は相も変わらず、領土問題、貧困格差問題、民族問題で緊張したままで、化石燃料の争奪に血眼になって20世紀からほとんど進化していないように見えます。

 バッキーさんの主張は、当時あまりにも先進的で、時に嘲笑の的でしたが、経営学のドラッカーやアルゴア元大統領、「ホールアースカタログ」のスチュアート・ブランドそしてアップルコンピュータのスティーブ・ジョブスに敬愛され、グーグルの「知のネットワーク」の根本思想に繋がっています。

 バッキーさんの発想は、正にNOCが常々強調している「エシカル」、   「オーガニック」と共通しています。

 グローバル規模で考え、ローカルでしっかりと実現してゆく「地産地消」の考え方に貫かれています。

 太陽エネルギーをはじめ地熱、風力など地球に与えられているエネルギーを100%活用し、地球に潜在している再生産の恵みを有難く受け取り、取り合うことなく分け合って、恒久平和、人類が平等に自由に生きられる仕組みを崇高な工学理論で解き明かしました。

 バッキーさんが生きていたら、オーガニックコットンの考え方を伝え、気持ちの良いウエアーをプレゼントしたかったなあと思います。

 平成26411日             NOC 宮嵜道男