7月22日の朝の通勤ラッシュの9時15分、

JR南浦和駅で若い女性がホームと電車の隙間に落ちて腰のあたりが挟まって、身動きできなくなりました。

駅員がすぐに駆けつけ引っ張り上げようとしますが、強く挟まっていて抜けません。無理をすれば怪我になると思案に暮れました。

駅員の一人が、とっさに車体を押し始めると、車両に乗っていた乗客や周囲の人たち約40人が一斉に32トンもの車体を押し始めました。

少しずつ車体は傾き、隙間が緩み、女性を無事引っ張り出し、救出は成功しました。

拍手が沸き起こりました。女性は、礼を言いながら駅員に伴われてその場を離れてゆきました。そして何事もなかったように、通勤電車は走り出しました。

この事故で、電車の遅れはなんとなんとわずか8分間だったと云うことす。

乗客の一人がその時の写真をネットに流したところ、世界中から反響が返ってきました。世界の8万人がその写真を見て、続々とコメントを投稿して、ついに各国のテレビ、新聞が注目して最大級の賛辞を載せて伝えました。

アメリカ・CNN,イギリス・ガーディアン紙、イタリア・コリエーレ・デラ・セラ紙、香港・フェニックス・テレビ、ロシア・コムソモリスカヤ・プラウダ紙、タイ・TNNテレビ等々

沢山の外国人のコメントの中に、「2011年の東日本大震災の際の被災者の奥ゆかしい態度に感動したが、またまた日本人がやってくれた、どのようにしたらこのような国民になるのか?」という羨望を込めた意見がありました。日本人の何がこのような行動を起こすのか考えてみました。

つらつら考えてみると、やはり月並みですが、2000年以上この列島に住み、醸成させてきた精神だと思いました。

2000年という時の流れは、宇宙の時間からみたら、ほんの一瞬のことです。人生において世代が変わる30年という単位で割ると2000年は高々66代です。決して遠い昔のことではありません。

考古学者に云わせると渋谷の道玄坂を上ったり下りたりしている一万年前の縄文人の痕跡があるそうです。

人の通った道と云うのはそう簡単には変えていないようです。

道と同じように変わらないのが日本語です。2000年の頃と現代とほぼ同じ言葉が話され、書物になって残っています。

世界を見渡してみると、このように歴史が濃密な層を成している文化を持っている国は、そう多くはありません。

他民族に侵略されて、すっかり変わってしまったということもありません。

ペリーが黒船で浦賀に出現するまで世界の歴史から見ると日本は、ほとんど知られていないミステリアスな極東の孤島でした。西洋の古い地図を見ると、日本列島が描かれていないものもあるくらいです。

歴史の中で、戦国時代などという激しい時代もあったというかもしれませんが、実際は、極く狭い地域での戦闘が散発的に起きた程度で、長い歴史の中では、概ね人々は農業を中心として静かに、平和に同じ言葉で生きてきました。言葉は文化を作り精神を作ります。

そこで「和の精神」が生まれ、自己と他者を同列にみる価値観が醸成されてゆきました。

「人の気持ちになって考えなさい」というのは、普通に親が子供を諭す時に云う言葉です。

個人をあくまでも前面に押し出す多くの国の価値観からするとなかなか理解できないことです。

日本では、謝るとき、「ご迷惑おかけしました」とか「お騒がせしました」と陳謝の本筋でないところで謝ります。要は、静かな水面を波風起こして乱すことに対して強い罪の意識を持ちます。

さて、この度の乗客の女性救出劇の経緯を見ると、乗客たちは、挟まった女性の気持ちになってその苦境を自分の事として感じて、自然にこのような行動になったのでしょう。

そして立った波風はすっと元に戻して平穏な日常に戻るようにその場の人々は振る舞いました。平常に戻るのに、わずか8分間しか掛からなかったのです。

外国人が渋谷のスクランブル交差点で群衆が、ぶつかり合うこともなくスムーズに行き違う場面を動画にしてネットに載せていますが、これにも驚きの賛辞が沢山コメントされています。いわしの大群や渡り鳥のシンクロ振りを持ち出して、日本人の協調性を褒めているものもあります。

前後左右の人の動きを察知して適切な歩調を維持しているからこそできることです。自分勝手に動き出すような者がいると成り立ちません。

自己主張の奇抜なファッションの若い女性も男性も集団の中では、協調性が自然に発揮されています。

日本人のこの気性は、昨日今日の教育で出来たわけではなく、2000年かけて浸み込んだ和の精神と云うことなんでしょう。