森林について考えるシリーズ

その二 森を壊すことから文明が始まった
今から5000年前、現在のイラクのあたりにメソポタミア文明が栄えました。
人類最古の叙事詩と言われるギルガメッシュ王の物語があります。
その中の一節にこういう下りがあります。「人間は今まで長い間、自然の奴隷であった。ここから人間を解放しなければならない」として、森の王フンババを殺し、邪悪な森として大量の木を伐採してゆきました。
地中海沿岸の国々では、大量の木材が、神殿の建設、船の建造、そして青銅器の精練、陶器を焼く、パンを焼くなどの燃料に使われ、やがて争奪戦が起こりました。
それは、古代のエネルギー戦争です。
ギルガメッシュは晩年、死の床で嘆きました。
「我は、人間の幸福のみを考えていた。森とそこに住む動物を殺してしまった。やがて森の恵みはなくなり、地上には人間によって飼育された動物、人間によって栽培された植物しか残らない。これは人間自身の滅びの道だ」

それから1000年後バビロンの時代、「眼には眼を、歯には歯を」で有名なハンムラビ法典があります。その中に「一本の枝でも傷つけた者は、決して生かしておかない」という恐ろしい条文があります。
それほど「木」は大事な存在になっていましたが、二度とこの地に森林は戻ってきませんでした。
中東諸国は現在でも荒涼としています。
レバノンにはレバノン杉という香りのよい木がありました。
古代ユダヤのソロモン王は一万人の軍隊を送ってレバノン杉を収奪に行きました。
レバノン杉を巡っていくつもの戦争が起きました。
この特別な「木」は、宮殿の建材や家具に使われ、燃料に
使われ、高貴な香りがあったために、棺にも盛んに使われました。     とうとうレバノン杉は、地上から姿を消して、その美しい姿は、現在のレバノンの国旗の中に描かれているのを見るしかありません。レバノンの旗

古代ギリシャは神話の中に沢山の神々が出てくるように多神教国家でした。
パルテノン神殿もアポロン神殿もクレタ島のクノッソス宮殿もみんな豊かな森に包まれていました。
パルテノン宮殿はかつて森の宮殿と呼ばれ、深い森の中にあったということです。
あの独特なエンタシスと呼ばれる柱の形は大木を表し、宮殿の中は森に居るイメージがあったのです。エンタシスの形は遠く東の森の国、日本に伝えられ法隆寺の柱にも表れました。

古代ギリシャでは、段々と大自然への畏敬の念が薄れ、人間中心の考え方を強くしてゆきます。ギリシャ彫刻はいかに美しい人体を表現するかというところに熱中していますが、そんなところからもその人間中心の精神が読み取れます。
エーゲ海文明で蛇は再生、豊饒のシンボルです。蛇は脱皮することから再生のイメージが出来たのでしょう。
欧米諸国の医療機関のシンボルのデザインには必ずと言っていいくらい蛇が出てきます。
蛇の神様といえばメデューサが思い浮かびます。髪の毛一本一本が蛇で大変恐ろしげです。
メデューサは森の女神でした。ペルセウスに首を切られてしまいます。
森は暗く不気味で邪神の棲家のイメージがありました。森を征服することに迷いがなかったのです。
森がどんどん壊れてゆくにつれて、古代ギリシャの国力が衰えてゆきました。

平成27年9月30日          日本オーガニックコットン流通機構
宮嵜道男