特別インタビュー インドに学校を寄付した野倉皇男さん 


NOCのホームページに掲載されているインド産地レポートの「学校の寄付」についてパノコトレーディング 野倉社長にインタビューして詳しくお聞きしました。

 

※プレートにはパノコの表示があります。

聞き手(宮嵜)

この度の訪問の一番の目的は何だったんですか?

野倉

2年前から計画されてきた学校の開校式へ出席することでした。

聞き手

どんなきっかけで学校の支援をすることになったんですか?

野倉

数年前から、学用品やユニフォームや机や椅子など家具などの寄付は毎年してきました。
ビオリでは、この一帯の村々に、17の学校を作ってきました。
ほとんどは、ヨーロッパの支援企業がそれぞれ寄付をして建設され運営されていますが今回はパノコがこれに加わったということになります。
ビオリの本部から60km離れたカラケット村の学校は川の向こう側にあって、雨季に増水すると子供達は通学できなくなっていました。そこでどうしても村の中に学校を作って欲しいという強い希望がありましたので援助する事にしたのです。

 

聞き手

どの位の規模ですか?

野倉

建物の大きさは、100㎡くらいですね。今までの簡易な建物の3倍位でしょうか。
ここで5歳から11歳の子供達32人が勉強します。寄付金は、建設費だけでなく机や椅子、黒板、教材一式だけでなく生徒達のユニフォーム、カバンなど必要なものはすべて含まれます。
この先3年間の運営費も寄付してゆきます。
子供の親達の教育費の負担を出来るだけなくしてあげないと子供達を学校に出すようにはならないのが現状です。
この計画の推進者は、昨年の9月に日本に来られたリツさん(ラジブさんの奥様)ですが、彼女の考えで、建築作業の一部を親達にも手伝ってもらい、愛着と責任と自立を意識してもらうように工夫しています。

 

▼東京中野、織田学園にてセミナーが行われた時の写真。

左から二人目がラジブさん、四人目がリツさん

聞き手

NOCのホームページの「産地レポート」を見ると、いままでにも支援の一貫としてタンザニアで井戸の設備の提供などやられてきましたね。

野倉

そうですね。タンザニアのコットン産地を訪問した時に、たまたま通りかかった道で、干上がった川底からわずかな水をかき出している沢山の人々の姿を見たんです。
その時は井戸の寄付をしようと思い立ちました。
私は岐阜県で生まれて、山の清涼な水に親しんできましたので、濁った不潔な水を飲むような様子を見ると何とかしたいという気持ちになったのですね。
井戸ができて、村の人々が嬉しそうに水を浴びる姿を見て、改めて水の有り難さを学びました。

聞き手

このたびの産地レポートを見ると、この事業を始めたスイスのリーメイ社の社長のホフマンさんと息子さんのサイモンさんがコットンの山の上でおどけている、ほのぼのとした写真がありますが、ホフマンさんとはどんなお話をされたんですか?

野倉

ホフマンさんが初めてインドの貧困農村を訪れた時、コットンの農民の惨状を見てオーガニックコットンの事業でこの人たちを助けたいと思ったそうです。
ホフマンさんはエジプト生まれで、アフリカへの想いは強いのでしょうね。
アフリカで住民への医療に生涯をかけ、「密林の聖者」と呼ばれたシュバイツアー博士を尊敬され、残した言葉を会社のモットーに掲げています。
「人は誰でも最も価値ある人生に命を高める素質を持っている」
ビオリプロジェクトの基本はこの言葉にあるのでしょうね。
今度の学校の考え方にも通じています。

聞き手

貧困地域の支援の考え方についてお聞かせ下さい。

野倉

貧困の支援を必要としている人は、この地球上に何億人といます。
世界から貧困をなくさなくてはならないと考えますが、まず出来る事から始めるのが大事ですね。
私の場合は、たまたまコットンの仕事の縁があって支援しているということでしょうか。

聞き手

貧困救済への日本のマスコミの論調には時としてドキッとすることがあります。
「魚を渡すより釣竿を渡すべきだ」とか「支援ではなく対等な立場でお付き合いすべきだ」などと説いています。
これは本当に現地の貧困を見ていない人の意見だと思います。
魚の釣り方を学ぶよりも、今すぐ食べなければならない人たちですよね。
まず一定の生活レベルまでは支援して、その後じっくりと自立の助けをすることが大切だと思いますが、いかがでしょうか?

野倉

全くその通りで、日本の様な豊かな社会にいると想像すらできないのではないかと思いますね。

聞き手

その意味で、長い将来を見越して、学校教育に支援することはとても意義深いことです。
最後に、学校教育の必要性について感想をお聞かせいただけますか?

野倉

インドでは文盲率が50%弱で、農村に片寄っています。
学校教育は10歳までで、この時期をのがしてしまうと、労働力として社会は扱う事になります。
最低でも読み・書き・そろばんが出来れば、ものを考える力がついて、一方的な支配から解放され、女性も自立できるようになります。
進学のチャンスさえ得られるのです。
私は、開校式のスピーチで、「地域が豊かになるために働ける人に、そして将来に夢を描ける人になってください」と励ましました。

聞き手

本当に意義深い支援になりましたね。
オーガニックコットンの商品を買ってくれた方々に、お支払いいただいたお金の一部がこのように貧困の支援に繋がっていることを知ってほしいですね。
この大きな絵は、なんでも子供達からのお礼の品と聞きましたが・・・

野倉

そうなんです。皆で一生懸命作ってくれたそうです。
この作品を見ると知能の高さが分かりますね。
それにしてもこれを日本に手持ちで持ち帰るのは大変でしたよ。(笑)

聞き手

そうですね、大きくて重いですね。大人たちも喜んで立派な専用の木製のケースを作ったんですね。いやご苦労様でした。
貴重なお話を本当にありがとうございました。

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